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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)84号 判決

原告 米沢伶子

被告 芝税務署長

訴訟代理人 野崎悦宏 比嘉毅 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実、被告の主張1及び2の(一)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件譲渡所得の金額の計算上、原告の主張する借入金利子ないし借入金債務に関連する費用(借入金債務担保のための抵当権設定等登記費用、借入金債務返済契約についての公正証書作成費用)が、本件土地の取得費に算入されるべきか否かについて判断する。

1  借入金利子について

(一)  原告が本件土地の購入資金として昭和四三年一二月一四日川崎信用金庫登戸支店から二、五〇〇、〇〇〇円を借り入れ、右借入日から昭和四六年一一月二二日までの間の借入金利子として合計六四九、四五三円を支払つたことは当事者間に争いがない。

(二)  所得税法三八条一項は、譲渡所得の金額の計算に当たり資産の譲渡による収入金額から控除する取得費の範囲を資産の取得に要した金額と設備費及び改良費の額とする旨定めているが、これは、譲渡所得が不動産所得、事業所得又は雑所得のごとく投下資本の生産力による収益ではなく、資産そのものの騰貴により逐年発生している増加益であつて、しかもその資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税することとしている関係上期間計算に親しまない性質のものであるということに基づくものと解される。このように譲渡所得の本質が資産の保有期間中の値上り益に対する清算課税であるとするならば、所得税法三八条一項にいう取得費たる「資産の取得に要した費用」とはその資産の取得の時までに、その取得のために直接必要とした費用、すなわち、その資産の購入代価及び購入手数料、登録費用等購入に直接付随する費用をいうと解するのが相当である、

ところで、資産を購入するための借入金に対する利子は、当該資産の購入に付随して直接支出するという性質のものではなく、資産の購入に要する支出にあてるための資金を他から借り入れたことによつて支出するものであるから、資産の購入との関係ではそれはあくまで間接的な支出にすぎないというべきであり、これをもつて資産を取得するために直接必要とした支出ということはできないし、また、負債利子は一般に原価性を有しないと解されていること(所得税法施行令一〇三条、一二六条の規定によれば、借入金利子はたな卸資産、減価償却資産の取得価額に含まれないと解される。)から考えても、借入金利子は所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した費用」には当たらないと解するのが相当である。そして、借入金利子が設備費や改良費に当たらないことはその性質上いうまでもないから、結局、借入金利子は、現行法上、譲渡所得の金額の計算上譲渡収入金額から控除すべき取得費には含まれないというべきである。

したがつて、被告が本件更正処分において原告が支出した借入金利子六四九、四五三円につき本件譲渡所得の金額の計算上これを控除しなかつたことに違法はない。

(三)  なお、所得税基本通達(昭四五・七・一直審(所)三〇)三八-七は「固定資産の取得のために借り入れた資金の利子のうち、当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額は、業務の用に供される資産にかかるもので三七-二七により当該業務にかかる各種所得の金額の計算上必要経費に算入されたものを除き、当該固定資産の取得費または取得価額に算入する。」としており、税務行政上非事業用資産についても使用開始前の借入金利子を取得費に算入することを容認する取扱いをしていることが窺われるが、これは、その制定の経過に照らすと、法人税の場合に使用開始前の借入金利子につき取得価額に算入するか費用に算入するかを全く法人の任意処理にまかせている取扱いをしており、また、個人の事業用資産についても右法人税の場合に準じて取り扱つているので(所得税基本通達三七-二七)、これらと比較して非事業用資産について異なる取扱いがなされる不都合を避けるために租税負担の公平の見地から調整を図つた税務政策上の措置にすぎないというべきである。そして、右通達にいう「使用開始の日」とは社会通念上当該固定資産を使用し得る状得となつた時を指すと解すべきであるところ(このように解さないと当該資産を全く使用しないまま他に譲渡した場合には使用開始の日がないこととなり、通達の規定が無意味なものとなるし、また資産を直ちに使用した場合と社会通念上使用し得るにもかかわらず長期間末使用の状態を継続し、譲渡の直前に何らかの用途に供した場合とで取得費に算入される借入金利子の金額が異なるという不都合を生ずるからである。)、これを土地の場合についてみると、土地はその現況自体に本質的変更を加えずに使用する限り、何時でも使用し得る注質のものであるから、その使用開始の時は原則として当該土地の所有権が移転され、引渡しがなされた時と解するのが相当であり、〈証拠省略〉によれば、税務行政上も概ねそのような趣旨で取り扱われていることが認められる。

ところで、〈証拠省略〉によれば、原告は昭和四三年七月二九日売主である訴外三田靖治との間で農地法五条の農地転用許可を停止条件とする本件土地の売買契約を締結したが、その所有権移転の時期については特段の合意をしなかつたこと、昭和四三年一二月三日農地転用詳可書が交付され、同日所有権移転登記手続を了したことを認めることができ、右認定に反する原告本人尋間の結果は〈証拠省略〉に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定した事実によれば、原告は売買契約の効力が生じた昭和四三年一二月三日に本件土地所有権を取得したものということができ、また、右日時ころ本件土地の引渡しを受けたものと推認することができる。

そうすると、原告が本件借入金を借り入れた日は本件土地の所有権移転及び引渡後(すなわち、前記通達にいう「使用開始の日」の後)である昭和四三年一二月一四日であつて、その主張する借入金利子はすべて本件土地の取得後支払われたものであるから、本件の場合は、前記基本通達三八-七の適用される場合ではなく、本件借入金利子を取得費に算入することは許されないというべきである。

(四)  また、原告は、借入金利子を取得費に算入しないことは賦払契約による購入の場合に賦払金中の利息及び賦払金回収費用等相当額を取得費に算入することを容認している所得税基本通達三八-八と比較して租税公平負担の原則に反すると主張する。

なるほど、右通達は「固定資産を賦払の契約により購入した場合において、その賦払金の合計額のうちに賦払期間中の利息及び賦払金の回収のための費用等に相当する金額が含まれている場合には、その利息及び費用相当額は、………当該固定資産の取得費又は取得価額に算入する。」と定め、賦払の場合は、当該資産の使用開始の前後を問わず、賦払期間中の利息等相当額の取得費算入を認めることとしている。

しかし、右通達の趣旨は、賦払契約による資産の購入の場合の購入価格(賦払金の合計額)と即金による資産の購入価格との差には集金手数料、貸倒れの危険負担、金利等種々の要素が含まれており、これは、販売条件の異なることによる販売価格の差であつて、このように販売条件の異なることによつて販売価格に差異が生ずることは一般の取引慣行上十分是認し得るところであることに照らし、賦払契約の場合には、その賦払金の合計額をもつてその資産の購入代価に当たるとしたものであるから、本件のように右の場合とはその前提を異にする即金による資産購入の場合に、借入金利子を取得費に算入しないこととしても租税公平負担の原則に反するとはいえず、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  借入金債務に関連する費用について

原告が本件借入金債務担保のための抵当権設定、代物弁済仮登記の費用として一五、三四〇円を、本件借入金債務返済契約の公正証書作成費用として五、三〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、これらの費用はいずれも資産の購入資金として他から借り入れた借入金債務に付随する費用であつて借入金利子と同性質のものであるから、前記のとおり借入金利子が取得費を構成しないことと同様の理由により本件土地の取得費に当たらないと解すべきである。

したがつて、原告の昭和四七年分の分離短期譲渡所得の金額は、五、八五六、九三〇円となる。

三  そうすると、原告の昭和四七年分の総所得金額は六五八、〇〇〇円、分離短期譲渡所得の金額は五、八五六、九三〇円であるから、その範囲内でなされた本件更正処分は適法であり、これを前提とする本件賦課決定にも違法はない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部剛 山下薫 佐藤久夫)

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